今だから言えますが、そのときのわたしの思いつきは、それこそバカそのものでした。
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現実的に考えれば、S奈にご執心の彼をこちらに振り向かせるのはまず無理です。
できたとしても、せいぜい身体の関係を持つくらいが限度でしょう。
そしてそれは、客観的にみれば、まるで意味がありません。
「都合のいい女」にわざわざ自分からなろうという話なのですから。
ですが、その時のわたしにとっては素晴らしい考えのように思えました。
わたしの胎内に一度でも差し込まれたちん●んを、S奈はそれと知らずに受け入れるのです。
S奈に対して、少しでも一矢報いたい、それだけでした。
そして、間のいいことに、きっかけを彼の方から作ってくれたんです。
「…しかしなあ、この調子だと、しばらくモメそうなんだよなあ」
「わたしでよかったら、愚痴だったらいくらでも聞きますよ」
「え、いいの?」
「構いませんよ」
「ありがたい。ぜひ頼む。また声かけるわ」
これで、とりあえず次につなげることはできた。
あとはどうやって陥落させるかだけど…。
そう考えるわたしには、もう罪悪感は微塵もありませんでした。
求職活動を続けながら、わたしは病院での勤務を続けました。
相変わらず職場環境は最悪でしたが、新たな目標ができてハリはでてきました。
目ざすところは2つ。まず転職。
そして、C先生とどうにか身体の関係を持つことです。
C先生からの飲みの誘いは、とびとびではありますが徐々に定番になってきました。
何しろ、もめると激しいS奈とC先生です。
仲直りこそするものの、C先生の消耗っぷりはかなりのものでした。
そんな彼にとって、わたしは極めて都合のいい話し相手だったようです。
いつの間にか、2週間に1回くらいは声をかけられるようになっていました。
事情が事情ですから、C先生も周囲にバレるとまずい立場です。
だから、C先生が声をかけてくるのは、周りの目がないときに限られていました。
相当用心していたようです。
だから、逆にわたしとしては気楽でした。
C先生が声をかけてくる以上、安全ということなんですから。
いつ誘われてもいいように、また、少しでも誘惑しやすくなるように、わたしは常に服装に気を使うようになりました。
わたしは、自分でいうのもなんですが、地味です。
不本意ですが、S奈のようなとびぬけたルックスも華やかな雰囲気もありません。
だけど、ルックスが極端に悪いというレベルじゃない。
それに、恋愛目的で真向勝負したらとても勝ち目はないけれど、今回は1回でも関係を持てばこちらの勝ちなのです。
その前提なら、化粧と衣装でなんとか押し切れるんじゃないかと思ったんです。
もともと遊んでいたC先生ならハードルも低いだろうし、勝算はあると思いました。
もちろん、S奈にドップリハマっていて揺れない可能性も大いにありました。
ですが、そこはもうどうしようもない。
そこを突破できないなら、わたしの負けだってことだ。
やれるだけのことをやるだけだ。
何をムキになっているんだろう、とは我ながら時々思いました。
自分から身体を差し出そうとしているわけで、冷静に考えればわたしにメリットは何一つありません。
ですが、その冷静さはその都度すぐに消えていきました。
それくらい、私はS奈に腹が立って仕方がなかったんです。
服装を変えた結果、わたしは回りから色気づいてるなんていう陰口を頂戴することになりました。
どこで男を漁ってきたのかねえ、なんていうひそひそ話を耳にしたことさえあります。
ただ、もうそういうのは気になりませんでした。
会う相手がC先生だということさえバレなければいいのです。
努力のかいあって、C先生と飲むたびごとに、彼の目付きは徐々にあやしいものになっていきました。
やはり、元々が散々遊んできた人です。
読みは当たっていたとみていいでしょう。
あからさまに見てくるわけではないものの、ちょっとした隙に身体を舐めまわすように見てきます。
普通なら怖気が走るところですが、わたしとしては意図通りなのでむしろ達成感さえ味わっていました。
進展としては順調です。
一方で、意外なこともありました。
それは、私が怒りとは別に、彼に魅力を感じるようになったんです。
尻軽なのは間違いなかったですが、穏やかだし、気も回るし、話も面白いし。
もっとも、それはわたしの決心を萎えさせることはありませんでした。
むしろ、それが余計に決心を固めさせました。
こういう人だからこそ、身体を奪えばわたしはもっとS奈に対していい気分になれるだろう。
絶対に、やってやる。
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そうこうするうちに、半年がたちました。
そして、とうとう採用してもらえる病院が見つかったんです。
引き延ばすことはできなかったので、辞表はすぐに出しました。
引き留められることもなく、退職が決まったんです。
話し合った結果、1ヵ月このまま勤めて辞めることになりました。
職場への思い入れはもうすっかり失せていましたから、辞めること自体の感慨はありませんでした。
ただ、同時にC先生を落とすタイムリミットも決まったことになります。
とはいえ、このころにはC先生からの飲みの誘いはますます頻繁になっていました。
感触としては、もうひと押しという感じです。
あとくされのなさも考慮して、わたしは決戦の日を最終日直前あたりに決めました。
そのあたりの飲みで勝負をかけよう。
ただ、わたしの攻撃は、予想以上にじわじわとC先生に影響を与えていたようです。
思ったよりもはやく、その機会はやってきました。
その日、わたしは昼勤務でした。
その日は忙しくて残業になり、申し送りまで終わった時にはもう遅くなっていました。
ようやく解放されて、着替えようとロッカー室に向かっていると、向こうからC先生がやってきました。
「C先生も残業ですか?」
「ああ、参るよなあ」
口調はいつも通り軽かったですが、ふとC先生の顔を見たとき、わたしはぎょっとしました。
隠しようがないくらい、疲労がにじみ出ていたんです。
疲れ果てた、という表現が一番ぴったりくるくらいに。
「C先生、どうかしたんですか?」
「あ、何が?」
「何がじゃないですよ、顔すごいですよ」
「あー…俺、そんなに凄い顔してるか?」
「凄いですよ。体調悪いんじゃ…」
「いや、そういうわけじゃなくて…まあ、ストレスか、敢えて言うと」
「ああ」
それでわたしは察しました。
ここしばらく、C先生の愚痴は以前にもまして重くなっていたからです。
「S奈さんとまた?」
「ああ、今回のはちょっと激しくてね…」
様子を見る限り、ちょっとという感じではありませんでした。
でも、だからといってわたしにできることはありません。
そんな手があるなら、C先生が自分でやっているでしょう。
下心とは別に、わたしはC先生が気の毒になってきました。
「C先生、もしよかったら、また飲みにでも行きますか?わたしあした非番ですし」
「ありがたいんだが…この時間だぜ?」
「確かに…」
この辺りは田舎です。
飲める場所はそれなりにありますが、どれも閉店は早め。
今から行ったところで、ゆっくりはできないでしょう。
考えを巡らせていると、ふとC先生がニヤリとしました。
ニヤリとは言っても、かなり疲れた笑いでしたが。
「なあ?ちょっといいこと思いついたんだけどさ」
「え?」
「ちょっとな…こっち来いよ」
「え…?」
わけもわからずわたしはC先生のあとをついていきました。
C先生は廊下を何度か曲がりました。
曲がるたびに、ひと気がなくなっていきます。
この先には、倉庫くらいしかないはずだけど…
ピンときました。
うっすらとですが、C先生の意図が読めたんです。
いよいよ自分の思っていた通りの状況が来たことを悟りました。
もうわたしは、あわてることもありませんでした。
こちらから誘う手間が省けたことが想定外だったくらいです。
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