数年前、まだ学生だったころ、わたしにはもうひとつの肩書があった。
風俗嬢だったのだ。
なんとか医学部には入れたものの、その学費はうちの実家には厳し過ぎて、自分で稼ぐしかなかったからだ。
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幸いなことに、風俗嬢としてのわたしは人気は上々だった。
そういう才能はあったみたいで、常連のお客さんも何人かついてくれた。
もちろん全体的な客層はあんまりよくなくて、ひどい人もいたけれど、その時のわたしには他にとれる選択肢がなかった。
医学部のカリキュラムについていくには、本腰を入れて仕事をするような時間はない。
かといって、金銭事情は逼迫していたから、仕事を選べる状態じゃなかったのだ。
短時間で稼げるだけ稼いで、なんとか卒業してお医者さんになる。
当時のわたしは、そのことばかりを考えていた。
その甲斐あって必要なお金は稼げて、わたしは足を洗った。
卒業も無事できて、念願の医者になった。
話はそれで終わりのはずだった。
おじさんたちのち●ちんをそれこそ一日何本もしゃぶったりといったエピソードも、若い頃だけの話で終わるはずだったのだ。
ただ、やめたあとのことをわたしは完全に忘れていたのだ。
風俗嬢になるとき、わたしは一応普段の生活圏からは外れた場所を選んだ。
だけど、わたしの住む地方はもともとそんなに遊べる場所が豊富ではない。
まして、風俗遊びをするような客が集まるような街は限られていた。
つまり、その一帯に住んでいて風俗に興味を持った男性は、みんな私が働いていた街の風俗店を使うわけだ。
そのことの意味を思い知ったのは、いざ病院に入ってからだった。
その同僚…といっても大先輩なのだけれど…の男性医師と初めて顔を合わせた瞬間、わたしは息が止まるかと思った。
相手も、わたしほどではなかったけれど、目を見開いた。
かつての常連さん。
病的とまでは行かないまでも、ちょっと財布大丈夫かな、とこちらが心配になるくらいのペースでは通ってきてくれた相手だった。
べつにトラブルを起こしたわけでもない、むしろ上客といっていい人だったけれど、わたしは背筋が寒くなった。
風俗の客と再会していい結果になったなんて話は、少なくともわたしの身辺では聞いたことがない。
実際、店で一緒に働いていた女の子の中には、悲惨な目にあった子もいた。
だから、その時のわたしの頭の中には、最悪の想像が広がっていた。
脅される、襲われる、周囲にバラされる、下手したらストーカー…考えようと思えば、可能性はいくらでもあった。
冷静に考えたらわたしがキレて警察に駆け込みでもしたら男性の側だってまずいわけで、打つ手はいくらでもあるのだけれど。
ただ、その時はそこまで考える余裕はなく、わたしと彼は極めてぎこちない挨拶を交わすにとどまった。
「…はじめまして。よろしくご指導お願いします…」
「あ、ああ…こちらこそよろしく。頑張ってくれよ…」
いきなりかつてのことを持ち出されたらどうしようかと思ったが、周囲の目もあったのが幸いした。
久しぶりに見た彼は、お客さんとして会っていたころとあまり変わった様子はなかった。
わたしよりはかなり年上だけれど、その分落ち着いた雰囲気。眼鏡が良く似合っていて、いかにもインテリという感じだ。
白衣を着ている分、その印象はより強まっていた。
態度の方もそういう人だったから、あの頃の常連の中でも飛びぬけて接しやすいお客さんだった。それに、外見的にはむしろ好みなくらいだ。
とはいえ、それはあくまでお客さんに対しての好意だ。
だから、再会の喜びなんてものは微塵もなかったし、彼の遠慮がちな態度もわたしの警戒心を解くにはまったく役に立たなかった。
そういえば、この人プレイ中にも医者だってさんざん言ってたな…
なんでそのことを深く考えなかったんだろう。
わたしはただ、自分の判断の甘さを呪うばかりだった。
そんな彼と、まさか積極的にセックスする関係になるなんて、そのときは全く思わなかった。
別に脅迫されたりしたわけじゃない。恐れていたようなことは何一つ起こらなかった。
そういう意味では、この手のケースでは数少ない、幸運な例外と言えるのかもしれない。
ただ、人には絶対に言えない関係だ。
別に不倫をしているというわけじゃない。
彼は独身だしわたしだってフリーだから、後ろめたいことは、ある一点を除いては何もない。
問題はそのある一点というのが、お金がらみだということだ。
やっぱり、しょせんわたしたちは、お金でしかつながれないらしい。
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わたしにとっては悪夢のような再会以来、2年間に渡って、わたしはただただ内心の混乱を隠し、経験を積むことに徹した。
なにしろ、職場が同じ以上、彼と顔を合わさないわけにはいかない。
転職さえ頭をよぎったけれど、せっかく医者になれたのにと思うと、そういうわけにもいかなかった。
だから、わたしは何とか彼のことを考えないようにした。
風俗嬢時代の経験のたまもので、感情を殺すことには慣れていたのがせめてもの幸いだった。
そうこうするうちにどんどん月日は過ぎていったけれど、わたしの心配の深刻さとは反対に、彼はあれから一度もかつてのわたしのことを話題にすることはなかった。
だから、その頃になるとさすがにわたしも気を緩めはじめていた。
それに、同僚として付き合うとなると、やはり雲泥の差だ。
医者という職業柄、深刻な場面に立ち会うことも多い。そういう中で一緒に過ごしていたら、ある程度の人格は見えてくる。
そこでみる彼は、かつてわたしに散々フェラチオされながら顔を緩めていた相手と同一人物とは思えないほどに、信頼のおける人格者だった。
経験をともにするごとに、わたしの中で、彼の「お客さん」としての印象は薄れていった。
むしろ、純粋に敬意を抱きはじめていたほどだ。
もしかして他人の空似なんじゃないか、初対面のときの反応もわたしの困惑が生んだ誤解なんじゃないかと都合のいいことさえ考え始めていた。
だけど、もちろんそんな都合のいいことはなかった。
いくら人格者だって、人間である以上、性欲はあるのだ。
ただ、再会当時との違いは、彼の欲望がわたしにとって、そこまで避けるべきものではなくなっていたということだ。
ある夜のことだ。
彼の仕事を手伝った流れで、わたしたちは誰もいない休憩室で二人きりになった。
わたしたちの勤める病院は忙しく、普段二人きりになるようなことはほとんどないのだけれど、その時に限ってわたしたちの周りには誰もいなかった。
「今日も大変だったですね…」
「まあなあ…」
その日の仕事は、いつもにもまして大変だった。
それだけに、一仕事を終えた満足感と引き換えに疲労困憊していて、わたしは口も回らないほどだった。
多分、彼もそうだっただろうし、だから思考能力も鈍っていたんだと思う。
そう、元風俗嬢に、かつての話を持ち出すのは、男性側にだって十分なリスクがある。
それを考えられないほどに、その時の彼は疲れていたんだろう。
「…でも、君もずいぶん慣れたじゃないか…なかなかな手際だったよ」
「そんなあ…お世辞じゃないですよね?」
「率直な感想だよ…それに、技術以上に患者への気配りが文句の付け所がない」
「そう言われると嬉しいですね」
「そこは自信をもっていいよ、君は。…あの頃相手をしてもらってたころから思ってたが」
最初の頃だったら、わたしはこの時点で席を立っていたと思う。
だけど、その時のわたしはそうしなかった。
2年間で、彼が悪意を持ってこういうことを持ち出す相手でないのは何となくわかっていたからだ。
それに、疲れのあまりわたしの判断能力も鈍っていた。普通に返事をしてしまうくらいには。
「…それはわたしに限りませんよ…あの仕事は気配りが第一ですから…」
「そうか…でも、実際にあの頃の君は凄かったよ…だから僕も通ったんだから」
「気に入ってもらえて何よりです…わたしも先生のお金で、ずいぶん助かったんですよ?」
「それならよかった…今思い返しても、我ながらつぎ込んだものだとは思うし」
そういって、彼は笑った。
その表情は、あの頃ホテルの薄暗い部屋でみた彼のそれと寸分たがわなかった。
疲れもあって、わたしはここが病院の中だということさえ忘れそうになったくらいだ。
こんな話をしているというのに、不思議と違和感を感じなかった。
だからだろう。わたしは、つい昔の自分になったような気がして、自分から話を続けていた。
「すごいつぎ込み振りでしたよね…そういえば、わたしが辞めたあと代わりの娘、見つかりました?」
「めっきりご無沙汰だよ」
「あれからずっとですか?」
「ああ。君ほどしっくりくる女の子はなかなかいなくてね」
「言いすぎでしょう…あの店、わたしよりかわいい子、いっぱいいましたよ?」
「そういうものじゃないんだよ…相性があるからね」
そこまで言って、彼はふとこちらを意味ありげに見た。
「…そうだな、いい機会だからな…」
独り言のようにつぶやく彼。それはまるで、自分に言い聞かせるようだった。
眼鏡がきらりと光っている。
「どうしたんですか?」
「ああ、…君に失礼なのは重々承知の上なんだが、…前からひとつ、お願いしたかったことがあるんだ」
ああ、やっぱりこういう流れになっちゃうのか。
そうは思ったけれど、あまり嫌な気分ではなかった。
だから、断りの言葉も、ごくごく普通に、仕事上の会話とさして変わらない感じで言えた。
ただ、彼の考えていたことは、わたしの想像とは少し違っていたのだ。
「…身体、のことならダメですよ…お客さんはお客さんって割り切ってたので…すみませんけど」
「…そうだろうね。だが…それなら」
続く彼の言葉は、完全に予想の範疇を超えていた。
「…もう一度、君のお客になることはできないかな?」
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カテゴリ:エロ体験談その他(女性視点)