俺の中で復活してきた悩みは、大まかに言うなら以前と変わらないものでした。
つまり、親の言うことをつい聞いてしまう、という話です。
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ただ、大きな違いが1つだけありました。
それは、現実に俺と親の意見が分かれていたことです。
その頃、俺は成績もだいぶ改善してきて、上位の学校も狙える状態にありました。
両親もそれは喜んで、俺が上位の大学にいくことを望んでいたんです。
ただ、それとは別に、俺には気になっている学校がありました。
その当時できて間もなかった、ある新設校です。
まだ評価も固まっていなかったこともあって、その時点ではもてはやされるような学校ではありませんでした。
ただ、やれる分野が他の学校とは違っていて、それが俺にはどうしても気になっていたんです。
とはいえ、親にしてみれば、子供を行かせる以上はやはり有名校の方が安心というのはあったようです。
俺に、やっぱり有名校の方がいいんじゃないかと言ってきました。
ただ、その時に限って、俺はあきらめきれませんでした。
そこまでは、進学を考えている家ならどこでもある風景だと思います。
ただ、問題はそこからでした。
当初、俺はかつてM川先生に言われたことを思い出し、両親を説得しようと考えました。
親は考えてみればという程度の口ぶりでしたし、説得の余地は十分にあるはずです。
ところが、なぜかどうしても抵抗を感じ、話を持ち掛けることができないんです。
なぜこんなことになるんだろう。
しばらく自問自答した結果、俺はその理由に行きつきました。
両親との関係を壊すことが怖かったんです。
それは、これまで親子関係がよすぎたことの裏返しでした。
それに俺自身、認めたくはありませんでしたが、「いい子」でいることに慣れ過ぎていたんです。
要するに俺自身の問題だったんですが、だからこそどうにもなりませんでした。
どうするか、どうするかと延々悩んだんですが、どうしても決心がつきません。
そのキツさは、現実に選択が迫っている分、以前とは比べ物になりませんでした。
延々悩むうちに、俺は自分の子供っぽさを改めて自覚せざるを得ませんでした。
なにしろ、将来の選択がかかっているのに、相談を持ち掛ける勇気さえないのです。
自分が親に依存する赤ん坊か幼児のように思えました。
結局答えがでないまま2ヵ月が経過したころ、俺はげっそりとやつれていました。
「はぁ…」
M川先生は、俺の自室で話を聞き終わると、大きなため息をつきました。
その日、俺は考え過ぎからか疲れが出てしまい、学校を休んでいました。
風邪とかではありませんでしたが、どうにもだるくて動く気がしなかったのです。
ゴロゴロしながら、いつものように悩んでいると、家のチャイムが鳴りました。
玄関を開けるとM川先生が立っていたんです。
「…最近顔色悪かったからどうしたのかと思ったんだけど、そういうことね…」
彼女はつぶやくように言いました。
「でも、こればっかりは…やっぱりちゃんと相談してみるしかないんじゃない?」
「そうですよね…」
「ダメで元々って考えてみたら?それだったら、ハードルだって低くなるでしょ?」
「それは考えてみたんですけど…断られること自体にはあんまり抵抗ないんですよ」
「相談することの方がこわい…?」
「そうなんですよ…」
俺はもうぐったりしていました。
連日悩み続けて、もうたくさんという気分でした。
「親御さん、穏やかな人なんだよね?それだったら、関係崩れるようなことはさすがにないでしょ」
「そう…だといいんですけど…」
「何か心配なことでもあるの?」
「ないんですよ…相変わらず、いい親なんです。だからなおさらキツくて」
「そう…」
こうなると話の進みようがありません。
俺も先生も、しばらく無言でした。
文字通りの堂々巡り。
だからこそ余計に自分が情けなくて仕方がありませんでした。
耐えられなくなって、俺はつい、吐き出すように愚痴を漏らしました。
「本当に、俺、こんなにガキだったんだって…ここまで自分にガッカリしたの、初めてですよ…」
「…わたし前に、親と絶縁してるって言ったじゃない?」
突然、間髪いれずに先生がポツリと言いました。
普段とは打って変わった彼女の雰囲気に、俺は言葉をうしないました。
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「あれ、産みの親のことなんだけどね。ひどい親だった。帰ってこないわ、たまに帰ってきたら暴れるわ。狂ってるって思ってた」
「…」
「だから、親族が引き取ってくれた時はホッとした。もうあんな家、戻るもんかって思った」
苦みばしった表情。
先生のいつもの明るいイメージは、微塵もありませんでした。
「それは確かなんだけどね…でも、今だに、時々あの二人のことは思い出すの」
「え、な、何故…」
「やっぱり逃げられないんだよね、親の記憶からは…それで考えちゃうの。もしあのころ、一つでも親とうまくいく選択肢があったらどうしただろうって」
もう、先生の言葉には、虚無感さえ漂っていました。
「多分、わたしは迷いなくその選択肢を選んだと思う」
「えっ…」
「ただ、それを選んでたとしたら…多分今の、教師としてのわたしはなかったと思う」
そこで先生は表情を崩し、ごまかすようにあからさまな作り笑いを浮かべました。
「あはは…まあ、昔の話。君の親御さんとは比べるのも失礼な話だけどね…」
先生の言葉が途切れ、笑いがすっと顔から消えました。
真顔。
静かな、それこそ怖さを感じるほどの、真剣な顔でした。
「でも、だからわたしは、君が抱いてる感情を否定できないの」
「…」
「極論だけど、わたしは親の言いなりっていうのも、それはそれでいいと思う」
「なっ!?」
「ただ、君が本気で心を決めるなら、だけどね。他の可能性を捨てても構わないっていうところまで」
「そ、それは…」
「違うんだよね?その決心がつかないなら、間違いなく後悔するから。おすすめしないよ」
一旦言葉を切り、彼女はすーっと、大きな息を吸いました。
「正直、わたしは、君が妬ましい」
「え…」
「わたしには、そんな親はいなかったもの。相談なんて、それ自体無理な親だったもの」
「…」
「ただ、だからね。君が相談しようかってやつれるまで悩んでいる時点で、すごくいい親なんだなって思う」
「…」
「多分、君が自分から可能性を捨てたことを知ったら、悲しんでくれる親だと思う。そうじゃないなら、多分君はここまで悩まない」
「!」
「君が後悔したら、親御さん、それこそ泣きたくなると思うよ。それに、多分君の方にもしこりが残る。今はいいけど、この先かえってつらい関係になるかもしれない」
「…」
「…だから。怖いのはわかるけど、踏ん張りどころだよ」
俺は、もう言葉が出ませんでした。
ただ、うつむいていました。
先生も無言でしたが、そんな俺を横でずっと見てくれています。
見たこともないくらい、優しい顔でした。
彼女の温かさが伝わってくるようで、ただありがたかったです。
どれくらい、無言でいたんでしょうか。
俺は絞り出すように声を出しました。
「そう…ですね…その方が、いいんですよね」
「大丈夫だよ。君と親御さんは、相談した程度で崩れてしまう関係とは思えないから」
「…ありがとうございます。なんとか…やってみます」
「どうしてもっていうなら、わたしも同席してもいいよ?」
「いえ、それは…結構です」
「そう、ちょっと元気出てきた?」
「…はい」
先生は、にこりと笑いました。
「ああ、よかった。なんか、はじめて教師らしいことしたって感じ」
「ああ、担任がどうとか言ってましたもんね」
「そう。はじめてしっかり生徒に関わったぞって、自信持って言えるな」
「やっぱり、嬉しいものですか?」
「そりゃあね。教師冥利じゃない?生徒が大人になっていくのって」
「…俺も、もう子供っぽいとか言わなくて済むようになるんですかね…」
「…ん?もしかしてまだ、自信ない?」
「…そりゃ不安はありますよ。…頑張りますけど…」
なんとか相談する決心はしたものの、やはり不安は消せませんでした。
土壇場で逃げ出さないだろうか、そういう自分への不安です。
さっきまでよりはずっとすっきりした気分でしたが、それでもかなりもやもやしていました。
「まあ、ここまでくれば大丈夫だと思うんだけど…」
「?」
「最後のひと押し、してあげようか」
急に先生が、ふっと笑って立ち上がりました。
今日何度目かの、はじめて見る表情です。
元々表情は豊かな人ですが、ここまでいろんな顔があるとは思いませんでした。
ただ、その時浮かべた笑いは、俺にはうまく形容できませんでした。
やさしい笑顔なんですが、どこかすごく大人っぽいというか。
「最後のひと押し、ですか?」
「そう。大人になる手助け。…ううん、違うな。大人になるお祝い、かな」
彼女はミニテーブルを回って、当惑している俺のそばに寄ってきました。
やはり、笑顔を浮かべています。
「あの、先生…えっ?」
次の瞬間、俺は自分の頭が変になったんじゃないかと思いました。
先生は、俺の隣に腰を下ろすなり、俺を抱きしめたんです。
「ちょっ、せんせ…」
「君の顔見ればわかるんだけどね」
「え?」
俺の耳に口を寄せて、彼女がつぶやくように言いました。
「多分、こんなことしなくても、君は相談もできるし、大人になれると思う」
「…」
「だから、これはお祝い。はじめてちゃんと向き合った、わたしの教え子へのね」
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カテゴリ:女教師エロ体験談(男性視点)