デパガの仕事というのは、少なくともあたしにとっては思った以上に単調なものだった。
売り場のレイアウトとか品揃えの分析とか、やることは確かにたくさんある。だけど、それを済ませてしまうと、あとはお客さんが来るのを待つしかないのだ。
そして、繁忙期や休日ならまだしも、平日はそんなにお客さんが来ることもない。
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幸か不幸か、あたしは作業の速さはそれなりのものだった。
だから、クレーマーを抱えていたから気が休まることこそなかったけれど、時間の余裕だけはあった。
イライラしながらも、退屈。正直に言って、気持ちがいいとはお世辞にも言い難い時間だった。
そんな時間だけが延々と流れていくというのが、デパガになってからのあたしの日常だった。
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その日、あたしがふと休憩時間に外に行ってみようと思ったのも、そんな日常に嫌気がさしたからだった。
普通、デパガに限らずデパートの従業員というのは、一旦入店したら勤務時間が終わるまでは店外に出ることはほとんどない。
社員食堂は店内にあったし、制服のまま外に出て汚したら厄介だ。
だけど、その日あたしはちょっとした理由を作って、店外に出かけた。
別にやることがあったわけじゃないけれど、例によってクレーマーの相手をした直後で、少し気分を変えたかったのだ。
デパートは繁華街にあったけれど、そこは地方都市だ。
街の栄え方は中途半端なもので、最近は人口の減少もあって、建物の取り壊しも多かった。
その結果、歯抜けのようになった街は土地が有り余っており、再開発と称して形だけ整えられたフリースペースなんかもいくつかあった。
その日、あたしが足を向けたのも、そんなフリースペースのひとつだった。裏手にある公園。
もっとも、再開発された土地の中では、群を抜いて本格的なもののひとつだ。もともとは区画全体がゴーストタウンのようになっていた一角だっただけに、敷地面積はかなり広い。
その上、丘のような起伏やちょっとした森まで作ってあり、全体を見通すことができないくらいだ。工事期間はそうでもなかったけれど、ほぼ突貫工事だったようだ。
そこまでしたにもかかわらず、市民からは人気は全然なかったのだけれど、その分、のんびりするにはうってつけだった。
デパートからはすこし歩くけれど、問題になるほどじゃない。
太陽がさんさんと照る昼下がりだ。ついさっきまでうっとおしい顧客対応をしていたのが嘘のようだった。
ただ、かといって、気分は一向に晴れなかった。
頭から、陰険にチクチクと詰め寄ってくるクレーマーの顔が消えない。
思い出せば思い出すほど、気分が悪くなってきた。
むしろ、周囲の風景がのどかな雰囲気なだけに、気分的な落差がひどかった。
失敗したかなあ。そう思いながらも食べ物を持って、入り口から園内を一瞥する。
平日だからか、園内には人影もあまりない。
座って食べられるベンチは、…いくつかあるなあ。そう思ったときだった。
「あれ…」
偶然としか言いようがない。
目の前に、あの男性客が立っていた。
店に来る時の野暮ったい服装とは違って、スーツを着こなしている。
取り立ててセンスがいいというようなことはなかったけれど、ピシッとした雰囲気でだいぶ印象は違った。手入れさえしておけば人を選ばないというのがスーツの特性だと思うけれど、効果がここまではっきり見て取れるのも珍しい。
「珍しいですね。外でお会いするのは」
「そうですね。店の外には出ないことが殆どですし」
あたしは流れで、その男性客…S藤さんと言った…と一緒にベンチに座った。
深い考えがあったわけじゃない。ただ、店内を離れて少し気が緩んでいたあたしは、少し店と何の関係もない人と話してみたくなったのだ。
たとえそれが、店内のデパガ総出で警戒されている相手であっても。
あたしだって普段の精神状態だったらそんなことはしなかったと思うけれど、それくらいうんざりしていて、なんでもいいから逃げ道が欲しかったのだ。
「…そりゃひどいですね…」
「ええ…」
服の見立て以外でまともに話したのははじめてだったけれど、いざ話してみるとS藤さんは驚くほど話しやすい相手だった。
とはいっても、別に話が面白いとかではない。滑舌はそこそこ程度だったし、見た目のイメージ通り、口数も少なかった。
ただ、その分聞き上手だった。
うなずきながら続きを促す彼と話すうち、あたしの口はどんどん回って、いつのまにか日頃の愚痴を吐き出していたのだ。
守秘義務に触れない範囲に留めはしたけれど、それでも相手は社外の人。デパガとしては完全にルール違反だ。
それでも一度話し始めた口が止まらなかった。職場の同僚にさえ、あんなに本音を明かしたことはなかったと思う。
愉快とは言えなかったけれど、いい時間だった。
気が付いたら、休憩時間はあと5分になっていた。
そして、その頃になると、S藤さんのあたしの中での印象はかなり違うものになっていた。
暗そうにしか見えなかった雰囲気が、いい意味での落ち着きに見えてきていた。
「…ごめんなさい。お客様に嫌な話ばっかり聞いてもらっちゃって…」
「いえ、構いませんよ。普段お世話になってますし。今後もそうだと思いますしね」
「ありがとうございます…そう言ってもらえると光栄です」
「いえいえ…あ、あの…」
「?どうされました?」
わずかに間を置いた後、S藤さんは言った。
「も、もし…よろしければですが…また、ご一緒しませんか。単なる愚痴の聞き役と思ってもらっていいので」
しまった、とは思った。単なる会話だけだとしても、店員とお客さんの関係としてはどう考えても不適切だ。
一旦そうなったら、その後どういう風に話が進むかわかったものじゃない。
…そうは思ったけれど、あたしはS藤さんの申し出を断らなかった。
危うさは感じたけれど、同僚にも話せない嫌な本音の吐き出し役を向こうから買って出てくれるというのだ。
それは、純粋な意味であたしにはありがたかった。
それに…もし変なことになったとしても、それはもうそれでいいかという気持ちがあったのも確かだ。
だって、現状とこれからを考えてふさぎ込む毎日は、いずれにしたところでロクなものじゃなかったのだから。
要するに、その時のあたしはヤケクソな気分だったのだ。
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それまで休日にしかやってこなかったS藤さんは、それ以降は平日にあたしの売り場を訪れてくれるようになった。
もちろん頻度は減ったけれど、業務上外に出ることが多いそうで、その隙間時間だそうだ。
やってくるのは大体午前中、正午少し前くらい。
商品の見立てを頼んでくるのは変わらなかったけれど、クローズする直前に声を潜めて話しかけてくるのが以前との違いだった。
(今日は?)
(13時からなら)
(調整します)
一瞬で意思疎通をして、かすかに笑いあうだけだ。周囲の同僚の視線には気を遣うようにしていたから、気づかれることはなかった。
その頃には、あたしにとって彼との雑談は、この職場でほぼ唯一と言っていい楽しみになっていた。
店内を抜け出す時、まるで密会に出かけるような(そう間違ってはいなかったのだけれど)スリルを味わったりもした。
もっとも、最初のうちはやはり彼との関係は心配だった。
同僚の言った通り、S藤さんが何を考えているのかわからないし、豹変されたらたまらない。
ただ、S藤さんは本当に、あたしの話を聞いている以上のことはなく、だからあたしも自然に緊張感はなくなっていった。
同僚には明かせない関係ではあったけれど、感覚としては喋り友達に近い。
もっとも、携帯番号を交換したりはしなかった。
それはやり過ぎな気がしたからだ。あくまで店員とお客さんという一線だけは守りたかったのだ。
彼もそこはわきまえてくれているのか、訊いてくるそぶりさえなかった。
友人として考えてしまうと少し変だけれど、それはあたしと彼との付き合いのルールみたいなものだった。
愚痴もそうだったけれど、会う回数を重ねるうち、あたしたちはお互いのプライベートな話も次第にするようになった。
この頃には、彼が来店の口実にしていた「彼女」というのが嘘だというのももうわかっていた。
彼自身はハッキリとは言わなかったけれど、もし彼女がいるのだとしたら、いろんなところで話の辻褄が合わなくなるのだ。
彼自身も、あたしがそう思っていることはわかっていただろう。
ただ、あたしは敢えてツッコミを入れたりはしなかった。
無粋なように思えたし、そこはデパガとして守るべき最低限のマナーだと思ったのだ。
一定の距離を保った関係性は心地よいものだった。
職場での日々への不満は変わらなかったけれど、あたしはそうしたこととは別に、彼との関係に価値を見出しはじめていた。
むしろ、時が経つにつれ、あたしは下手な女友達なんかよりもずっと、彼に親しみを覚えるようになっていた。
率直に言って、この関係がずっと続けばいいなとさえ思っていた。
だから、デパートの閉店を聞いたときには愕然とした。
会社側は転勤を受け入れるなら雇用は継続すると言ってくれたから、その点はまだいい。
けれど、それはそのままS藤さんとあたしの接点がなくなることを意味していた。
もちろん、距離が遠くなるだけだから、携帯番号を交換しさえすれば、これからも電話で話したりはできるだろう。
けれど…それにはあたしは、やはり抵抗があった。
かなり仲良くなっていたにも関わらず、だ。
だから、そう思っている自分を自覚したとき、あたしはS藤さんへの後ろめたさを感じずにはいられなかった。
「そうですか…残念です」
閉店を告げたときの、S藤さんの絞り出すような声は今でも思い出せるくらいだ。
それでも、それ以降もS藤さんは相変わらず携帯を訊いてこなかった。
あたしがそうであるように、彼も一線をかたくなに守り続けてくれている。
それだからこそ、なおさら後ろめたかった。そうなると、あれほど居心地のよかった距離感が、逆に寂しくてどうしようもなかった。
だけど、そういう関係性だったからこそ、あたしは最後にあんなに大胆になったのだと思う。
もし彼がガツガツと携帯を訊いてくるような人だったら、逆にあんなことにはならなかっただろう。
そんな人ではなかったからこそ、彼はあんな、あたしの理性を消し飛ばす一言を口にできたのだから。
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カテゴリ:デパガのエロ体験談(女性視点)