「この時のために働いてるようなものなんだよね、わたし」
恵理さんは口癖のようにそう言う。
僕はそれを聞きながら、彼女の服に手をかける。
それが、ここ半年くらいの定番パターンだ。
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恵理さんと知り合ったのは、売り場に配属された初日のことだ。
リストラで会社を首になった僕は、慌てて次の仕事を探した。
その結果見つかったのが、デパートの販売職だった。
正社員ではなくアルバイトだったが、急場しのぎにはちょうどいい。
デパートには足を踏み入れることもそうそうなかったけれど、これまで職を転々としてきた僕には接客経験はそれなりにあった。
それを買われたのかもしれない。
あるいは、バイトだからこの程度でもいいと思われたのかもしれない。
人事がどう判断したのかはどうでもいいが、とにかく僕は面接を通過してこのフロアに配属されることになったのだ。
デパートの店員というとお高くとまったイメージがあったが、僕が配属された売り場の上司はいたって気のいいおじさんだった。
出勤初日、僕は彼に連れられて同じフロアにある売り場に挨拶して回った。
バイトとはいえ、顔だけは覚えてもらっとけ。頼ることもあるだろうから。上司はそう言った。
そこで紹介された人の一人が、恵理さんだった。
「こちら、こう見えてベテランだからな。機会があったらしっかり教えてもらえよ」
「ベテランって、わたしまだ3年目ですよ?」
「ああ、ゴメン。そういう意味じゃないんだ。熟練者ってことだよ」
「お世話になります」
「こちらこそ。頑張ってね」
その時の恵理さんのイメージは、典型的なプロの販売員という感じだった。
いかにもそつなく、なんでも仕事をこなせそうな感じの。
ただ、この業界に疎かった僕にとっては、それだけにとっつきにくそうな印象があった。
パリッとしたブランド服がやたらに格好良く、別世界の人のように思えたのを覚えている。
本格的に働き始めてみると、思ったよりも大変だった。
服に関してはもともと大した知識があるわけでもない。
それを覚えるだけでも一苦労だった。
それでも、やはり接客経験があったのが幸いして、意外になじむのは早かった。
それほどてんてこまいになるような性質の売り場でもなかったから、余裕をもって働けるのはありがたい。
ただ、いつまでたっても面白くはならなかった。
もちろんそんなことを口に出せるほど、僕も無遠慮ではない。
色々世話を焼いてくれる上司に申し訳ないと思う程度の気持ちくらいはある。
だから何も言わなかったが、それでも本音としてつまらないのは事実だった。
そつなくこなすことのみを心がけて、僕は毎日を過ごした。
給料はいいとは言えなかったが、質素に暮らせばやっていける。
これで生活を維持しながら、気長にもっと自分に合ったところへの転職を考えようと思っていた。
けれど、時々思った。
転職できたとして、そもそも自分に合った仕事なんてあるんだろうか。
僕はこれまでの職場で、一度として仕事を面白いと感じたことがなかったのだ。
そんな僕から見て、近くの売り場にいる恵理さんはやはり別世界の人だった。
バイトと正社員という違いがあるとはいえ、動きも違えば売り込みの技も違う。
上司が熟練者と言った理由がわかる。
みたところまだ二十代だろうから僕と歳はさほど変わらないと思うのだが。
多分、あれだけできる人なら、この仕事も面白いのだろう。
どうすればそうなれるのか聞きたいくらいだったが、最初のうち接点はほとんどなかった。
ようやくゆっくり話せたのは2ヵ月くらいたってからのことだった。
その日、珍しく接客が長引いた僕は、社員食堂で遅い昼食をとっていた。
午後もいい時間になっていて、窓から見える太陽が既に傾き始めている。
なんともけだるい気分で格安の定食を書き込んでいると、いきなり声を掛けられた。
「ご一緒してもいいかな?」
あわてて顔を上げると、目の前の席に恵理さんがトレイを抱えて立っていた。
「ええ、どうぞ」
「よかった。断られたらどうしようかと思ったよ」
仕事中よりもだいぶ人懐っこい雰囲気だったが、やはり余裕が違った。
改めて目の前で向き合うと、妖艶な雰囲気さえ漂っている。
「そろそろ仕事には慣れた?」
僕のよりもだいぶカロリー抑えめな定食を前に、彼女は言った。
「ええ、なんとかやってます」
「そう…どう、手ごたえのほどは?」
「まだなんとも。でも、だいぶこなせるようにはなってきたかなと」
「おっ、心強いね」
「ええ、新人なりにですけど」
当たり障りのない会話をしばらく続けていたが、それほど共通の話題があるわけでもない。
ほどなく会話は途切れた。
話のタネが尽きてしまったのだ。
だが、ここで黙ってしまうのはよろしくない。
何か展開させる話題は…
そう思ったとき、恵理さんが回りをちらりと伺った後、小声で言った。
「…間違ってたら申し訳ないんだけどさ、あなたこの仕事、つまらないでしょ?」
「…!い、いえ…」
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危うくむせそうになるのをこらえ、僕はかろうじて返事をした。
見透かされるわけにはいかない。
けれど、彼女はそのまま畳みかけてきた。
「ホントに?」
「ええ…」
「それならいいんだけどね。わたしはつまらないからさ」
「…え?恵理さんも?」
それを言った瞬間、恵理さんがニヤリと笑った。
しまったと思ったけれど、遅かった。
「…やっぱり。」
「あ…いえ、今のは」
「ごめんね。カマをかけたわけじゃないよ。わたしがつまらないっていうのはホントだから」
「…そうなんですか?」
「うん。だから、もしかしたら仲間ができたかなって思って」
「へ?」
「うち、あんまりそういう人いないからさ。この仕事好きって人が多いから」
「…ああ、たしかにそういう感じですね」
「口に出すのも悪いから、愚痴言う相手がいなくて。だから、今結構嬉しい」
「は、はあ…」
「また時間が合うようだったら付き合ってよ。この時間は人もいないしね」
彼女はそれだけ言って席を立った。
見れば、いつの間にか、彼女のトレイは空になっていた。
ニコリと笑いかけて去っていく彼女の後姿を、僕は見つめるしかなかった。
恵理さんに仕事中目がいくようになったのはそれからだ。
最初は信じられなかったが、言われてみれば、確かに仕事中の彼女はどこか変だった。
確かに仕事ぶりはすごい。
けれど、表情の方は、よく見れば完全に作り笑いだった。
全体の印象はにこやかなのだが、目が笑っていない。
接客時でそうなのだから、お客が途切れた時の表情はそれこそ気だるさ一色だった。
それでも売り上げを上げるのが凄いところだったが、つまらないというのは間違いなさそうだった。
いつもではなかったが、僕は可能な限り休憩時間をずらすようになった。
話すようになって実感したが、本音を言える相手というのは貴重だ。
一応敬語っぽい話し方はしていたが、会話の内容は目上の人とのそれではなかった。
「…就活してた時期にね、お客さん騙すような仕事も結構あるなあって気づいちゃって。仕事ってそんなにきれいなものじゃないんじゃないかって考え込んじゃったの」
「ああ、言われてみれば、俺もそういう会社ありましたね」
「一度そうなるともう駄目なんだよね。仕事に価値なんてあるのかなって思えてきちゃって」
「うーん、その辺はどうなんでしょうね」
「わたしもわからない。でもそういう意味ではうちの会社、マシではあるのよね。騙すわけじゃない分」
「まあ、実際の商品みてからですからね、買うの」
「そう。だからって面白いかっていうとまた別の話だけどね」
「まったくです」
そんなことを言って苦笑しあうのがお決まりになった。
一旦こうなると、異性として恵理さんを意識するようになるのに時間はかからなかった。
もともと容姿は抜群の彼女だ。
接点がないならまだしも、普通に会話をする仲になると、意識するなという方が無理だった。
服の上からでもわかるメリハリのついた身体をつい盗み見ることも珍しくなくなった。
むしろ習慣と言った方が正しかったかもしれない。
ブランド物のスカートに浮き出た、彼女の下半身の色っぽいラインにうっとりすることも日常茶飯事だった。
とはいえ、実際に関係を持とうとは思っていなかった。
恵理さんとの関係は友達としてのそれに近かったし、それ以前にあくまで同僚だ。
だから、自分の妄想にとどめておくつもりだった。
だが、彼女の観察力を僕は舐めていた。
そして、彼女が内心何を思っていたかについても。
誘ってきたのは、最初の時と同じく、やはり彼女からだった。
いつも通り社員食堂でこっそり愚痴を漏らしていた時、ふと会話が途切れた。
その時に、定食のトレイに箸を運びながら、彼女は何でもないことのようにぽつりと言った。
「ねえ、話変わるんだけど」
「何ですか」
「あなた、わたしと寝たいって思ってたりする?」
その声には、まったくてらいも照れも感じられなかった。
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カテゴリ:デパガのエロ体験談(男性視点)