僕がS病院を訪れるハメになったのは、昨年の春のことだ。
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原因は左腕骨折。
とはいっても、原因は情けないものだ。
部屋に山のように積み上げていた荷物がふとした拍子に崩れ、重い奴が左腕を直撃したのだ。
当時の僕はすっかり煮詰まっていた。
身分は一応浪人生。
とはいっても、年数で言うと5浪目の年齢に突入していた。
しかも、その肩書自体、ご近所向けの名目に過ぎなかった。
実質的には、引きこもりかニートと言った方が近い。
なぜそんなことになってしまったかというと、高校時代に孤立したのが発端だ。
僕は昔から、自己主張というか、本音を言うのが美徳といった考えを持っていた。
持っていたというか、そう教えられた。
たまたまだと思うが、僕の周囲はそういう価値観をよしとする大人ばかりだったのだ。
加えて、当時はそういう考え方が流行りだったのか、本を読んでも「自己主張はいいぞ」「本音はいいぞ」といった内容のオンパレードだった。
子供にとっては、「本音のぶつかり合い」なんて言われると、そう悪いことには聞こえない。
要するに、僕は大人たちに教えられたことをそのまま鵜呑みにして実践したわけだ。
その教育方針自体は、必ずしも間違いではないと思っている。
僕の同級生たちの中には、そうしたやり方で今に至るまでうまくやれている奴も少なくないからだ。
だが、僕の場合は、彼らと違ってなぜかうまくいかなかった。
中学まではあまり感じなかったのだが、高校になるとその影響はモロに出た。
僕が本音を出すと、周りがみんな引いてしまうのだ。
原因はわからない。
さじ加減が悪かったのかもしれないし、主張そのものに致命的に問題があったのかもしれない。
それらしい問題点はいくらでも思いつくから、特定しようがない。
ただ、いずれにしろ僕は、みんなから見て要注意人物となってしまったのだ。
いったんこうなってしまうと、周囲との溝は回復不可能だった。
僕も意地になっていたし、回りだってわざわざ不快な気分になりたいわけもない。
いじめに発展することこそなかったが、学校はすっかり居心地の悪い場所になってしまった。
結果として、あともう少しというところで僕は完全に気力を失ってしまい、不登校状態になってしまったのだ。
担任は面倒見のいい人だったこともあり、補講や追試などの手を打ってくれ、なんとか卒業だけはさせてくれた。
ある程度の時期までは通っていたのが幸いしたのだろう。
それはありがたかったのだけど、そこまでだった。
そこから先、自分がやっていけそうな気が、まったくしなかったのだ。
やる気はまるでなく、僕は自室にこもってしまった。
けれど、僕がそうしている間にも、当たり前だが時間は過ぎていく。
同級生たちはとっくの昔に卒業して、僕のはるかに先を行っていた。
進学組はキャンパスライフを謳歌していたし、就職組は就職組でしっかり自分の腕で稼いでいた。
最初は何が悪かったんだろうという自問自答だったが、それは次第にただの劣等感にかわっていった。
同級生たちの動向を耳にするたび、自分には無理だ、と自嘲することが多くなっていった。
そんなことばかり考えていれば、同時に世の中にも不満が湧いてくる。
なんでみんな、楽しんでやがるんだ。
八つ当たりだということはわかっていたが、どうしようもなかった。
部屋のなかで身体を丸くして眠りながら、僕は日々そんなことばかりをぐるぐると考えていたのだ。
親もあきらめてしまったのか、もう何も言ってこなかった。
そんな生活を5年も続ければ、荷物もたまるというものだ。
使わないものを段ボールに放り込んでいくだけでもかなりの量だったが、僕はそれを整理もせずにただ積み上げていた。
そのうちのひとつが病院行の原因になったわけで、正直、人に説明できる事情ではない。
ただ、頭や腹ではなかったし、角度がよかったのか折れ方もそうひどくはなかった。
だから入院とはいっても、3日間くらいでなんとかなるらしかった。
それはせめてもの幸運だったといえるだろう。
もっとも、気分の悪さには変わりなかったが。
前置きが長くなったが、その入院期間に知り合ったのが、杏さんという看護師だ。
第一印象は最悪だった。
向こうもそうだっただろう。
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入院しても、僕は相変わらず不満を抱えたまま、イライラして過ごしていた。
骨を折ったことで、余計に自分がツイていないという考えが加速してしまったのだ。
このままずっと自分はツイていないままだ。
そんなことを考えていた時に、様子を確かめにやってきたのが杏さんだった。
ボブヘアの小柄な、いかにも元気そうな娘だ。
白衣もよく似合っている。
もっとも、落ち込んでいた僕は、初見ではさほど魅力を感じなかった。
もちろん、彼女だって最初から僕にちょっかいを出すつもりはなかったと思う。
だが、僕の様子があまりに暗かったのだろう。
「君ねえ、そんな顔してると運が逃げちゃうよ?元気出しなって」
彼女としては、元気づけるつもりだったのだと思う。
看護師としてはありえないフランクさだった。
だが、そのフランクさが、僕のカンに触った。
ただでさえツイてないツイてないと思っていたところにこれだ。
間が悪すぎた。
「運のいい人にはわかんないですよ…ほっといてください」
口調も間違いなくイラついたものだったはずだ。
彼女は明らかにカチンときたようだ。
もっとも、こういう時、普通は無視することがほとんどだろう。
いちいちこんな厄介な患者の相手をしていたらキリがないはずだ。
だが、彼女は真正面から反撃してきた。
「ハア?…いじけてるなあ…いい歳してみっともない…」
僕もなおさら腹が立って言い返す。
もう敬語を使う余裕もなかった。
「他人にんなこと言われたくもねえよ!だいたい俺はどうせこの先ロクなことねえんだからよ!」
「聞いてるだけでイライラしてくるわね、あんた!」
「ああ?あんたがイライラしようが知ったこっちゃねえんだよ!」
もう、子供の喧嘩だった。
他の看護師さんが止めに入るまでの約5分間、僕らは我を忘れてののしり合い続けた。
そんな彼女との出会いだったが、その最悪の印象はすぐに覆された。
1日目の夜のことだ。
ムカムカしたまま眠れずにゴロゴロと寝がえりを打っていると、ベッドのそばに人影が立った。
目を開けると、杏さんだった。
「ごめん」
返事さえする気もなかった僕だったが、いきなり謝られて毒気を抜かれた。
拍子抜けする僕に、彼女は小声で続けた。
たまたま同室の患者はいなかったけれど、夜間なので一応気を使ったのだろう。
「昼間は言い過ぎたわね。看護師失格だわ」
「は、はあ…」
「…大体わたしらしくなかったわよ。…本音なんて言うもんじゃないのにね」
「…?」
最後の方はつぶやくような声量で、独り言に近かった。
だが、そのなにげない一言が、僕に雷のような衝撃を与えた。
そんなことを言う人は、僕の周りにはこれまでいなかったからだ。
よほど僕がぽかんとしていたのだろうか。
「ん?…なにあっけにとられた顔してんの?」
「いや、今、本音なんていうもんじゃないって…」
「え…?うん、そう言ったけど?」
「…そういうものなんですか?」
我ながら子供っぽい質問だったと思う。
しかも、質問しているのは二十をとうに超えた人間だ。
けれど、杏さんは不思議そうな顔をしながらも、返事を返してくれた。
「うん。だって、本音でやってたらモメるのわかってるじゃない」
「…!」
単純な答えだったけれど、それは真正面からぐさりと僕に刺さった。
声がでなかった。
けれど、悪意を全く感じなかったせいか、嫌な気分はしなかった。
「わたしモメるの苦手でさ…。だから、もう昼間みたいなことはないから。ホントごめんね」
「…いえ、…僕も、すいませんでした…」
自分の口から、とぎれとぎれではあったけれど、思いがけず謝罪の言葉が出た。
そのことに、僕は自分でも驚いていた。
こんなことは、数年間口にした覚えがなかった。
杏さんはそれを聞いてニッコリと笑い、あのフランクな調子で言った。
「これで仲直りだね。短い間だけどよろしく」
「は、はあ…よろしく…」
「あ、そうだ。ところでさ」
「…なんです?」
杏さんは小悪魔のような笑いを浮かべ、ものすごいことを言った。
「溜まってるんだったらしごいてあげてもいいよ?」
「ブッ…!」
「嘘嘘、冗談だよ、じゃあまた明日ねー」
あっけにとられた僕を置いて、彼女は白衣の裾をひるがえして去っていった。
廊下を遠ざかっていく彼女のかすかな、ひたひたというスリッパの音を聞きながら、僕は混乱していた。
そりゃ確かに本音ではないんだろうけど…あれが普段どおりなのか…?
社会性のない僕でさえ、明らかにおかしいとわかるくらいのネジの外れっぷりだった。
だが、実はこの程度で驚いている場合ではなかったのだ。
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カテゴリ:ナースのエロ体験談(男性視点)