それは、俺の指導医がいろいろあって交代することになったころだ。
最後ということで、彼はそれまで以上に俺を厳しく指導するようになっていた。
俺ももう彼がそういう人物だということはわかっていたから、割り切って指導を受けていた。
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ただ、交代の日が近づいたある日、彼は激高した。
別に致命的なミスだったわけじゃない。
ただ、その日の失敗は、やらかした俺自身も自分が情けなくなる類のものだった。
それに加えて、彼も虫の居所が悪かったのだろう。
その激高ぶりは、ある程度慣れていた俺でも感情をかき乱されるに十分だった。
これまでになく、本格的に気分が悪くなった。
そして、俺は床に倒れ込んでしまったのだ。
一時的な貧血だった。
持病もない俺には、はじめてのことだった。
指導医も慌てたらしい。
俺は診察を受けたあと、仕事を上がらせてもらえることになった。
幸い診察の結果大事ではなかったので、そのままかえっても問題はなかった。
だが、いかんせんまだ気分がすぐれない。
結局指導医の許可を得て、俺は宿直室で少し休ませてもらうことにした。
本音をいえば、宿直室は必要がない限り行きたい場所ではない。
なにしろ汚いし、ベッドも硬い。
小さな窓はあるが、雰囲気としてはまるで監獄だ。
それでも、今の俺には、横になれるだけでもありがたかった。
ベッドに横たわっているうち、日頃の疲れがどっと出て、俺はいつの間にか眠り込んでいた。
ふと何かが動く感触を感じて、俺は目を覚ました。
部屋が赤い。
ちょうど窓から夕陽が差し込んでいるようだ。
あんな小さな窓からでもこんなに差し込むものなのか。
監獄のような部屋は、変色した陽の光でますます陰惨な印象になっていた。
ただ、それ自体は何の問題もない。
問題なのは、俺の身体の上に白衣姿の彼女がまたがっていたことだ。
血の気のない顔に、はじめて会った時のように夕日が赤い光を投げかけている。
感情のない笑顔。
生気の感じられない表情。
それはいつものことだ。
1つだけ違ったのは、彼女が今にも俺の肉棒を胎内に挿入させようとしていたことだ。
いつの間に脱がされたのか、俺の下半身はむき出しになっていたし、彼女も白衣をまくり上げていた。
それ以上に、いつの間に勃起したのか、あるいはさせられたのか。
俺の下半身のそれは、挿入に十分すぎるほどにそそり立っていた。
自分でも、その瞬間までまったく意識さえしていなかったのに。
彼女は徐々に腰を落としながら、さらに口角をゆがめた。
その顔には、どこか凄惨といってもいい雰囲気が漂っていた。
突然ということもあったが、俺は今度こそぞっとした。
あまりに現実離れした光景が信じられなかったし、白衣がまるで幽霊の死に装束のように思えた。
さすがにこの時はなにか叫んだように思うが、混乱してよく覚えていない。
ただ、彼女がうっすらと唇を開いて言った言葉だけはなぜか記憶に残っている。
「今日の顔は、格別ですね…」
例の鈴を鳴らすような声が、ガラスを金属でひっかくかのような不快さを伴って頭の中に響いた。
やはり、意味はわからなかった。
そのまま、彼女は俺のいう事も聞かず、腰を落とした。
呆れるほど滑らかに、俺の肉棒は彼女の肉体に吸い込まれた。
彼女はやはり声を出さなかった。
状況が状況だけに、微妙に息だけは乱れている。
はあはあと断続的に、切れ切れに続くその呼吸は、客観的に見れば、艶っぽい吐息という事になるのだろう。
だが、俺はそれにもまったく色気を感じなかった。
ただの音。
それ以上の印象はなかった。
吐息にさえ、まるで熱というものが感じられないのだ。
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それは、はじめて挿入した(厳密にはさせられた)彼女の膣も同様だった。
たしかに熱い。
むしろ熱過ぎるほどだ。
湿り気も十分過ぎるほどで、卑猥な音がくちゅくちゅと俺の耳に届く。
それなのに、不思議なほどに、生きている人間と交わっている気がしなかった。
まるで人形とやっているかのようだ。
こういうときに普通なら抱くであろう、人並みの情感。
それが彼女の膣からは伝わってこない。
物理的には濡れていても、それが実感として伝わってこないのだ。
どこまでも空虚。
それが、俺の身体の上で髪を振り乱す彼女に感じた唯一の感想だ。
単に、俺が恐怖していたからだけではないと思う。
はじめて体験する彼女とのSEXは、動きだけをみれば極めて激しいものだった。
俺はすっかり固まってしまって身動きさえとれなかったが、彼女の方は貞淑という言葉を知らないかのように腰をぐいぐいと擦り付けてくる。
口数の極端な少なさや物静かそうな外見の印象からは程遠い。
肌の表面にはうっすらと汗をかいているようで、一動作ごとに白衣がよれて肌に触れ、そのたびに一瞬だけ張り付くのが見えた。
遠目に見る分には、淫乱そのものといった風情だ。
そんな動きだけになおさら、至近距離で見るとギャップが際立った。
この期に及んで、肌にも顔にもろくに紅潮がみられない。
一応気持ちよさそうな顔はしている。
実際に、気持ちよくはあるのだろう。
ただ、やはり感情の高ぶりは一切感じられない。
顔の印象は、やはり能面という感じだった。
そんな状態にもかかわらず、そして、精神的には怯えているにも関わらず、俺の肉棒は彼女の中で硬くなったままだった。
むしろ、タガが外れてしまったかのように張り詰めている。
これまでにここまで硬くなったことがあるだろうか。そう思ってしまうくらいだった。
肉体的な刺激があまりにも強すぎるからなのか。
それとも、思考回路がうまく機能しなくなった時というのはこういうものなのか。
相手におびえながら性交したことのない俺には、それはわからなかった。
それでも、快感だけは確実に俺を射精に向かって追い詰めていった。
彼女の膣内は柔らかく、それでいて通路は狭く、中を往復する俺を圧倒した。
グリグリと強く圧迫され、ぬめる粘膜との摩擦が何度も反復される。
しかも、彼女の激しいペースでだ。
5分ももっただろうか。
ひと際はげしい動きに彼女の長い黒髪が宙に舞ったとき、俺の肉棒は否応なく精子を吐き出していた。
彼女の動きが、ピタリと止まった。
しばらく、膣内に排出された俺の精子を味わっているかのように、彼女は微動だにしなかった。
それから、ゆっくりを腰を上げていく。
緊張をうしなった俺の肉棒が、ずるりと彼女の性器から抜け落ち、俺の腹の上に力なく横たわった。
下腹部の方に目をやると、彼女の膣口からどろりとした液体が流れ出すのが見えた。
俺の精液と、彼女の愛液。
それが止まらずに、彼女の太ももを流れ、俺の腹の上にも垂れた。
ゆっくりと、彼女は片手を股間にやり、その一部をすくい取る。
指先にべっとりと絡むその粘液を、彼女はしばらく眺めていたが、やがてその手を伸ばした。
俺の口の中に。
摩擦で泡立ったそれは濁り切っており、薄い塩の味がした。
「おいしいですか…?」
やはり高音の、鈴のような…
それが、俺の限界だった。
硬いベッドに横たわったまま、俺の意識は急速に遠のいていった。
再び目を覚ました時、部屋は真っ暗になっていた。
誰もいなかった。
服もちゃんと着ている。
だから一瞬悪夢でも見たかと思ったのだけれど、状況を見る限り、それはなさそうだった。
今朝かえたばかりの下着は漏れ出た残りの精子のせいか、表面が硬くなっている。
それに、やっている最中か、最後に漏れ出たときのモノかは定かではないが、ベッドのシーツの上には怪しげなシミがハッキリと残っていた。
先に書いたように、その後彼女と交わることはなかった。
新しい指導医はおだやかな人で、俺も平穏な毎日を送れるようになったのだが、それと入れ替わるように彼女はめっきり俺の周辺にあらわれなくなったのだ。
結局、彼女の真意は今でもわからないままだ。
最後に顔がどうこう言っていたから、もしかしたら落ち込んでいた当時の俺の表情に何か感じるものがあったのかもしれない。
とはいっても、それも推測にすぎない。
今でも彼女は病院に在籍している。
ただ、不思議なことに、見かけることはほとんどない。
そして、ごくたまに見かけると、薄暗い廊下の向こうからあの感情のない微笑みを返してくる。
それをみるたびに、俺はいまだに背筋にぞくりとしたものを感じてしまうのだ。
美人と交わる機会を失ってしまったわけだが、それはむしろ歓迎すべきことだった。
あんな気味の悪い性交を強いられるくらいなら、少々寂しかろうが自分でした方がはるかにマシだ。
当分、俺はあの時の恐怖感からは逃れられそうにない。
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